説明責任の行き届いた社会を目指して

大昔、生物学者になりたかった40過ぎが、今また再チャレンジ

渋谷を放浪してきました

ここ最近、といっても年単位で「最近」だが、小説を読むときは、同時に旅に出ることにしている。ちょっと、とある場所での読書会の、次回の仕切りを俺がやることになったので、地元の図書館でモーパッサンに目をつけ、新潮文庫の短編集3冊をカバンに入れて、例によって旅に出た。向かった先は、渋谷。

細かく他のブログ記事とかも読み込まれてしまうと色々特定されてしまいそうだが、そうそう隠し通せるものでもない。渋谷は、若い頃からよく行ってた。その思い出の地を回ったりもした。

とりあえず、今日のコースをここに書き記しておく。井の頭線で渋谷にアクセス、マークシティの土手っ腹から道玄坂小路にショートカットし、そして今日一番の目的地である道玄坂通へ。小路に入って本当に一瞬で、左ななめに逸れるルートを使うと、道玄坂通の建物に吸い込まれた。

※あ、ちょっと解説しとこうかな、知らない人もいるかもなので。「道玄坂通」っていうのは、渋谷に新しく出来た複合施設の名前っす。ほら、ヤマダ電機が、文化村通りと道玄坂小路の両方に出入り口を持ってるじゃないですか。あれと似てて、文化村通りに2箇所、道玄坂小路にも2箇所の出入り口を備えた、通り抜けの面白さを追求した新施設ですね。あ、「道玄坂小路」がそもそもわからない人もいますかね?麗郷とか壁の穴とかのある、ドンキやH&Mあたりから道玄坂に抜けることができる、円山町のラブホ街のわきを通って、ちょっとエロい店とかもちょいちょいある、坂道の抜け道があるじゃないですか。あれが、道玄坂小路って名前がついてる道で、俺も実は最近、その名前を知りました。

さて、渋谷のプチ旅のルート報告に戻ります。で、道玄坂通をだいたいぐるりと見て、ちょっとどのカフェにも入りづらかったんで、一旦この建物を離れてセンター街のマクドとかにも逃げちゃったりしたんだけど、いやいや、せっかく来たんだからと、気を取り直し、道玄坂通に引き返し、で、勇気出して、シティベーカリーに初入店。吉祥寺とかにもあるけど、気後れして入れてなかったんで、俺はシティベーカリー自体も初だったし、もちろん道玄坂通の店に入ったという点でも初でした。入って、この店の選択が正解だったことがすぐにわかった。なんか、レジとかに隠れた死角になってるとこに、わんさか席があった。シティベーカリーが、他の店舗でも一貫して、座席に関してもそういう店の作りのクオリティを保ってるのかどうかは今回だけでは分からないが、渋谷のど真ん中でこういう隠れ家みたいな座席を提供してるのは、俺は実に気に入ったね。素晴らしい。でも、俺も遠慮しちゃって。地元の喫茶店だと、2時間は粘るんだけど、1時間で退店。渋谷だし。ここでは、モーパッサン短編集のあとがき・解説を読む作業ができた。

それから、Qフロントがもうすぐ全館改装工事に入るってのを小耳に挟んでいたので、その勇姿を最後に見届けようと、Qフロントに足を伸ばした。上まで行って、ぐるりと回ってきた。

んで、それから、その昔、マンガ喫茶だった、地下一階にあるキャンドゥが、ハンズ斜向かいのちょい手前んとこにあるんだけど、ここのマンガ喫茶はよく通ってて、何回目かの徹夜プランで、大学に叩きつけた自主退学届を、ここで書いたのであった。記憶がすでにかなりおぼろだが、おそらく俺が座ってた座席のあたりに置いてある商品を、時々、買っている。今日も同じことをした。友達を呼んで肉じゃがパーティーとかチリコンカンパーティーとかを開きたいと思ってたとこだったんで、スプーンを探してたとこで、で、キャンドゥのこの場所にスプーンとフォークが売ってた。んで、お買い上げ。

んで、もう17時も回ったんで、夕食を早めに食べて帰ることに。道玄坂通のフリホーレスもしくはウィズグリーンで、と、考えていたのだが、センター街とかをウロウロしてたら、気が変わった。俺は古い人間なので、交番向かいの兆楽を見たら、こっちに行きたくなっちゃって。で、その欲望のままに、入店、中華丼を食ってきた。

…どうも、いたずらに文字数だけが増えちゃって、あんまり内容のないブログ記事になってきちゃってる気がしてきたんで、こんくらいにしときますわ。備忘録にしかならないような文章になっちゃって、ごめんなさい。昔の思い出がよみがえりすぎちゃって、抱えきれなくなってきたんで、渋谷にいるうちに文章化したくなって、センター街脇のドトールに席を見っけて、これを今、書いている。

さあ、心は動いてる。今や、モーパッサンをどんどん読み進めるべきときだ。俺は、今を生きなければ。思い出は思い出、今は今。読書会を良いものにしたい。帰りの電車は、座っていこう。どんどん読みたい。

昔の大学近くでカツカレー食べてきた

人生に迷って、ブログ更新も滞ってしまった。

2週間ほど前に、良い転職のお誘いを受け、色々考え込んでしまった。

本来ならもう共通テスト英語の赤本をやり切って、手応えや感想をブログにアップしていたはずだった。

働く意味とか、今後の人生設計についてまで、色々考え、とうとう、プチ旅に出て、その旅先でこの文章を書いている。

旅と言っても、住んでる東京の中でのことなんだけど。

俺、最初の大学と喧嘩別れしちゃって、でも、いろんな良いこともたくさんあった。で、今日、その大学の近くの洋食屋さんに行ってきた。カツカレーを食べてきた。

味も美味しかったが、最初、店に入るときにちょい並び、そしたら、店から食べ終わって出てきたお兄さんが、「一つ空きましたよ」って、親切に声をかけてくださった。あと、俺が食べてる時、隣のお姉さんが、帰りかけ一瞬スマホを席に忘れた。それを教えてあげようとしたんだけど、なんだか、声が出なくって、俺。そしたら、お姉さん、自分で気づいた。

ここから、2つのことがわかった。まず、スマホの忘れ物を、普段の俺ならまず間違いなく教える。が、今日、ちゃんとたっぷり昨日は寝たのに、言えなかった。おそらく大学の後輩に当たるその子に、複雑な思いが、まだ、俺の中に渦巻いてるからだと思う。一言でいうと、まだ俺は大学を、大学全体を、許してないのだ。しかし、もう一つわかったこと。そんな俺に対しても、大学は悠然と構えており、まだ愛をかけてくれている。席が空きましたよって教えてくださったお兄さんも、また大学の関係者であろうからだ。

足かけ9年、在籍した、この大学。中退はしてしまったが、ここで俺はいろんなことを学んだ。大学時代のことがじんわりと頭に去来する。

ちょっとだけ歩くと、大きなターミナル駅にアクセスできる。この道を、大学時代と同じく、ゆっくり歩いて、スタバに入り、今、これを書いている。

いろんなことを、自分らしく、決めていける気がする。

第一教科書と明洞のり巻きに行ってきた

大学中退ヤローの40代塾講師です。今日は、大久保に行ってます。

生徒指導の都合で、時々、大久保の教科書販売所に行きます。小中高の検定教科書ってのは、都内だと5箇所しか直接店頭販売はしてなくって、その中でもこの大久保の第一教科書さんは俺の好きな店です。広い店内に各教科書を、開架、つまり手に取れる状態で置いてあって。

で、その帰りがけに、ここ最近、大久保でランチしてくようになりまして。

で、さらに、夜な夜なネットで調べたところ、まあちょっとは知ってはいたんですが、大久保からちょい足を伸ばして新大久保あたりに行くと、でっかいコリアンタウンがあるんですね。そこで、まずビギナーとしては、「明洞のり巻き」(後記 明洞はミョンドンと読みます)という名前の店に行って、韓国風のり巻きを食べてきたいなと、ひそかに計画を練ってました。そしてとうとう、また第一教科書に行く用事ができた、すなわちまた別の教科書を買う必要ができましたので、今日、大久保入りしてる次第です。はい、今、大久保エリアにいます。

第一教科書は大久保駅から徒歩1分のところにあり、そこでまず目的の教科書をゲットしました。それから、新大久保へ、徒歩。の途中で、なんか、絵のお店の前でチラシを配ってるねーちゃんがいて、チラシをうっかり受け取ったら、店に案内されて、で、何か買ってくださいときた。お昼ごはん食べたらまた来ますっつったら、みんなそう言って戻ってこないんです、何か買ってご協力ください、だと。とうとう、うっかり、俺、500円のなんかホログラフィーのカードみたいんを、買ったわ。まあ机に飾ります。

で、新大久保駅も通り過ぎ、すぐのスクランブル交差点みたいなとこを通り過ぎると、ボッカリと花開いていた韓国街。にぎわっていた。なんと表現しよう?歩いてるだけでウキウキしてくるんよ。日本と明らかに違う、例えば男がメチャ綺麗にしてたりとか、そういう文化の一つ一つが、当たり前のようにそこにある。それが、実に刺激的で、そしてその刺激っていうのは、この街に来る人全員が無料でいくらでも享受できるのだ。

ただ、光があれば闇もある。なんか、薬品っぽい甘く危険な香りを、ガードレールの下とかで、ちょいちょい、かいだ。何の匂いなんだろう?情報通じゃないからこれ以上はこのブログ上で分析できないが、多分、コワイことも多くある街なんだろうとは思った。

そんな、好ましく危険な喧騒の中を、ズンズン歩いて、とうとう見つけた、明洞のり巻きさん。店に初めて入る時、ちょっと気後れしたが、勇気を出して入ってみたら、入れた。複数人で来てる人もたくさんいたが、お一人様もチラホラいた。ので、俺も、全然問題なかった。ほどなくして注文。プルコギのり巻きをチョイス。

トイレだったかで席を外してた隣の人が、戻る。超綺麗に金髪にしてた、若いにーちゃんだった。俺と彼が隣同士で飯を食うってのが、世界ってのはこうも矛盾に満ちたものなんだなと、しみじみ思った。あと、すっげえ韓国のお母さんとかもいて、俺、会計と一番近い席だったんだけど、そのお母さんの韓国語を間近で聞いたり。そのお母さんも、お一人様の客の一人だった。

ああ、で、プルコギのり巻きだが、「プルコギ」っていうからガッツリした焼肉を期待してたのに、なんか貧弱なひきにくのそぼろだった。あと、「バンチャン」っていうのかな、お通しみたいなのも、俺が事前の情報収集の段階で怖れていた通り、カクテキっていう、四角いキムチひと皿のみだった。例えば隣のにーちゃんは、なんか冷麺?みたいのを注文してて、彼のバンチャンは3皿だった。いや、だからよー、ビギナーの俺としてはここで学んだわけよ。あんな新大久保の一等地で、ランチに1000円は欲しいわけよ、店側としては。そこを、プルコギのり巻きは850円だろう?だから、バンチャンはひと皿なんだ。もっとまともに韓国料理、バンチャンたっぷりの韓国料理を楽しみたかったら、少なくとも1000円は出さなきゃダメなんだ。ってことがわかった。

まあ、でも、その学びは学びとして、今日のこのプルコギのり巻き、とてもおいしくいただきました。

帰り道、新大久保の駅を通り過ぎ、マクドがあったんで、マクドで小休止して、この大久保の小旅行記を、記憶が鮮明なうちに、大久保の片隅でしたためてみました。このマクドも、2階席、3階席まであるんだけど、移動の階段が狭いこと狭いこと。これ、火事にでもなったら逃げらんなくて死ぬぜ?(後記 帰りがけに確認、階段の幅自体は普通だが、2階から3階に上がるために一旦建物外に出たりと、やはり複雑でヤバい)で、モバイルオーダーの席ナンバーがなかったんで、1階で店員さんに確かめると、はい、席まで持ってきてくれるサービスはやってないですとのことだった。そういうところにアジアを感じて逆に喜んでる俺みたいなやつがいるから現状が変わらないのかもしれない。

また大久保に来る機会があれば、またコリアンタウンにも行って、明洞のり巻きの別メニュー、もしくは別の店にトライしてみたいと思いました。

『肘井学の読解のための英文法が面白いほどわかる本 必修編』読書感想。あと、武田塾の参考書レビュー動画についてもコメント

『肘井学の読解のための英文法が面白いほどわかる本 必修編』を読了した。その感想を書く。

いや、素晴らしかった。まあ英語をちゃんと勉強してきたよっていう高校生とかが読むのにちょうどいいレベルかな。本当にゼロからって人には、肘井先生がシリーズで書いてる『~ゼロからの~』っていうのがあるから、肘井先生についていきたいって人はそっちに手を出すのが良いと思います。やっぱりね、例文とか解説とかを読みこなすのに、ちゃんと現在完了形のこととか受身のこととかが、土台がきっちりしてないと、この『~読解のための~』は、読んで、ああ納得、というふうにはならない。

てか、俺もそうなんだけど、この本、武田塾のレビュー動画で知ったんです。武田塾さんのレビュー動画は、大ホームランだよねえ、ってのは、日本の参考書業界ってのが、元々、なんていうか、肥沃な土壌で、たくさん、いい本がひしめき合ってた。そこに、黎明期の価格ドットコムのように、今、現れてるのが、武田塾さんやキャストダイスさんなど。参考書の良書を紹介してほしいっていうニーズに真正面から答えた動画がバンバン上がってて、そりゃ受けるわ。ありがたい話です。

ただね、価格ドットコムも、世の中を変えたまさにその成功のために、今は、往時のような輝きを保ってるとは言い難いというのが正直なところかと。つまり、今後、武田塾さんがどんどん「売れる参考書の決定権者」みたいな立ち位置になっていくとしたら、それによって日本の参考書事情がドッカンドッカン変わってって、場合によっては良い参考書が出にくい環境へと変わっていっちゃうかもしれない。日本全体が。そこらへん、武田塾さんには、成功者について回る、より大きな責任が発生してると思うんで、お一人お一人健康には気をつけていただき、日本の参考書業界をより健全に発展させてくださることを、俺は希望してます。

その上で、また肘井先生の本に話を戻しつつ、話をマッシュアップしていきたい。この『~読解のための~』を一冊読んでみると、これ、塾講師の俺の立場からは、『~ゼロからの~』も、生徒指導に使いたくなってきて、欲しくなってくるし、また、『~読解のための~難関大編』も、興味が湧いてくる。長文本、英作文本も面白そうだ。武田塾の動画の言うことを全部ぜーんぶ鵜呑みにし続けて参考書選びをするよりか、自分の目で読み通した本の、信頼できる先生に、ついていく、という方が、いいんじゃないかと思う。でも、肘井本に出会うには、俺は、やっぱり、武田塾の動画が必要だった…。いやはや、参考書業界は今、本当に激変してってるんだろうな。武田塾の動画で紹介してもらえるかどうかの一点のみを狙って参考書づくりをしてくる人もこれから増えてくるだろうし、いやもうたくさんいるだろうし。そんな中で、良書に出会い、捕まえ、どう自分のものにしていくか。

肘井先生ご自身はどうお考えなのかな、いや、俺も、武田塾の動画のとおりに、大岩先生の『一番はじめの英文法 超基礎文法編』、これはもう読んであったから、で、この大岩本をまず先にやり、で、肘井先生の『~読解のための~』へとつないでく、っていう、だからこれはもう、武田塾が作った参考書のカクテルだよね。その通りにしようとしてた。でも、肘井先生としては、『~ゼロから~』→『~読解のための~』と読み進めていく読者層を大事にしたいところだろう。

まあ、でも、それ言い出したら、いや、肘井先生に一番メリットがあるのは、参考書をきっかけに、スタディサプリの授業を取ってくれる生徒の数が増えることだろうね。だから、どこまで誰についていくか、それを、自己責任で、自分で決断していく力が、今の受験生には問われているんだろう。いやあ、IT社会ですな。厳しい、厳しい。

『EARTHRISE English Logic and Expression I Advanced』(数研出版の高校英語の検定教科書、教科書番号「論I/710」)読書感想

数研出版から出てる、高校の英語の検定教科書、『EARTHRISE English Logic and Expression I Advanced』を、今、読み終わった。その感想を書く。

なんか、高校英語って、2つの科目があって。「英語Communication」と、「論理・表現」。で、その、「論理・表現」の方に対応した教科書だった。今回読んだやつは。

まず、教材で取り扱っている音声教材のうち、ほぼ半分くらいが、一般人には入手できない。学び直しのために、高校で授業を受けているのでなしに、個人で買ってこの本で勉強しようとしても、例えば各レッスンの冒頭のリスニング音声とか、英作文パートの導入教材のリスニング音声とかが、公表されてないために、聴けない。

しかし、だからといって、学び直しのためにはじゃあ別で教材を探せばいいじゃないかと思うと、そうやって全部をバッサリ切り捨てるには、検定教科書というのは、あまりにも惜しい、素晴らしい教材なのである。スピーキングパートのリスニング教材はネットで聴くことができる。ので、聴ける、そういうのをくまなく拾いながら、俺は、苦労して、なんとか読み切った。まあでも、こうやって読み切れたのは、俺が塾講師で、個別指導する生徒さんが学校でこの教科書を使ってるんで、熟での指導のためにこの教科書を読み切る必要があったという事情も大きかった。

英語の学び直しのためには、だから、一般の参考書と違うんでね。第一義的には、高校で高校生がこの教科書を使って授業を受け、勉強するっていうためのものなんで。だから、民間の参考書みたいな、市場原理にさらされて高まってきた、行き届いたサービス、みたいなのを期待するのは筋が違う。だから、ちょっと、教科書のレビュー記事っていう今回の趣旨とはちょっとズレてきちゃうけど、うん、英語の学び直しをするのに、検定教科書だけを使っていくというのは、厳しいものがあるかもしれない。大岩先生の有名な英文法の本、肘井先生の有名な英文解釈の本など、優れた参考書が世には出てるんでね。そういう民間の参考書との、検定教科書の違いを、このEARTHRISEを読みながら、ぼんやり考え続けてた。検定教科書が食事で参考書はサプリメント、くらいに考えていたんだけど、このEARTHRISEを読み切ってみて、いやいや、検定教科書は食材で参考書は香辛料かな、もしくは、もっと、検定教科書はゴハンで参考書はおかずかな、などなど、この検定教科書を読んで、逆に、参考書の必要性、優秀性をひしひしと感じた。

本当に、数研出版さんらしく、良い授業のために工夫が凝らされてるんだよ。スピーキングのためのちょっとした読み物があって、対話のお手本が読めて聴けて、予習もしやすくなってて。英作文へもいざなってくれるし。でも、それは、マジで、高校で授業を受ける前提で、なんで。高校で授業を受けてない人には、そういう工夫は全部無意味だからね。…市販の参考書を買ったほうが、いいんじゃないかな。ただ、こう言うと、俺がずるくなっちゃう。俺は、塾講師っていう立場上、このきょう箇所を読み通す必要があって、で、読み切ったら、得るものがたくさんあった。

あー、なんか、このブログ記事が、間延びしてきちゃったんで、これくらいにします。俺のブログ編集方針に問題がある。ぼんやりと、高校の検定教科書を個人で買って勉強し直しをしようっていう人に向け、お役立ち情報を、っていう感じで書いてたけど、このEARTHRISEを読んでみて、これはそういう用途には向かないってわかっちゃった。で、それよか、世の中のニーズに応えるには、俺は、この教科書を使って現在勉強してる高校生の人とかに、お役立ち情報を発信する方が、いいだろう。そういうつもりで書き始めたブログじゃないんで、そういうことをするにはかなり大手術が必要になってくる。一朝一夕にはできない。半年後くらいに、読んだ教科書をもう一回おさらいして、高校生向けにブログを書こうって決意して、そんでもって書き進めていかないと、俺にはそういう事はできない。今はまだ。

『LANDMARK English Communication I』(啓林館の高校英語の検定教科書、教科書番号「CI713」)読書感想

啓林館という出版社の、高校英語の検定教科書、『LANDMARK English Communication I』を読み終わった。その感想を、書く。ちなみにこれの教科書番号は、「CI713」。

新課程の高校学習指導要領とかで指定されてるんだろう、この「イングリッシュコミュニケーションI」という科目に対する教科書を、俺は最近かなり読んでいる。この前読んだのは、三省堂のCROWNってやつ。

複数読んでみて、結構被ってるところがあるのにはちょっとびっくりした。手の甲を見せるVサインは侮辱にあたる、など、CROWNで全く同じ話が出てきた記憶があるが、LANDMARKでもこの話が出てきた。

根本的に、この科目は、英語の長文に慣れ親しむこと、っていうのが大事なことで、それに向けて、ふさわしい英文がポンポンと並べて配置してある教科書が作られる。その基本ラインは変わらない。

ただねえ、LANDMARKは、リスニング教材も含まれてるんだけど、そのリスニングの音声を聞くことができないことが多々あったのは残念だ。検定教科書だから、現役の高校生が学校の授業に合わせて聞ければそれで良し、って感じになってて。検定教科書で勉強する人って、もっとたくさん多様に存在するんだから、そういう層にも配慮してほしいよ、全く。まあ、でも、良質な本文が読めて、その朗読音声は少なくとも聞けたんでね、あんまり贅沢も言えない。

結構難しかったが、若干、CROWNよりはほんの少し簡単だったかもしれない。英語のレベルが。

文法事項が巻末にまとめて説明されてるけど、これは、もっと小出しに途中途中で出してくれたほうが良かったかな。多くの高校生は読み飛ばしちゃうでしょ、ここ。だから、学び直しをする人にも大変だろう、この箇所。

話は戻るけど、本文の内容は、ま、面白かったわ。宇宙ステーションにエレベーター、とか、あと、やっぱ戦争の話とか、病院犬の話とか。日本語ではなかなかアクセスしづらい、英語でこそ読みたい英文が、選りすぐってある。その点は、素晴らしい本だ。CROWNは有名な教科書だが、LANDMARKも、なかなかどうして、この点、善戦してて、CROWNにまさるとも劣らない。あー、面白かった。

教科書を読み込まずに、すぐに参考書に手を出すのって、どうなのかなってちょっと思った。執筆陣を見比べても、やっぱし、教科書って、群を抜いて素晴らしいんよ。金も人も手間もかかってる。教科書を心ゆくまで堪能した上で、その上で、参考書もやってみよう、っていうのが、正しい受験生の態度だと思うね。なんか、ラクしてずるく人を出し抜ける秘密の書みたいのが、この世にはあって、そういうのに抜け目なくあやかりたい、っていうひそかな希望を持ってたりすると、参考書地獄にハマっていく。そういうふうにはなってほしくない。教科書をまずはとことんやる。それが難しいなら、教科書を読み込むためと明確に理由を立てて、参考書選びをして、その参考書を片手に教科書にじっくり取り組む。で、教科書の学習がだいたい終わって、物足りなければ、それはまた違う動機なわけだから、そのニーズをまた明確にした上で、その目的達成に必要な参考書を選ぶ。それが、王道というものだろう。こんなに素晴らしい各社の検定教科書を、避けて通るのは、はっきり言って邪道だ。もったいなすぎる。

『CROWN English Communication I』(高校の英語の検定教科書、教科書番号「CI 707」)読書感想

三省堂のクラウンって高校英語の教科書を、読み終わったので、その感想を書く。

この前、旧課程、つまり、文科省の学習指導要領が、数年前に変わってて、その変わる前っていう意味で旧課程の、同じシリーズのクラウンを、読んだのだった。で、その感想を以前のブログにアップした。

読んだのは、クラウンのシリーズの中でも、「イングリッシュコミュニケーション1」ってやつ。これを書いてる令和5年現在の文科省の新課程で存在する同名の科目に対応した教科書。要は、読解がメインの科目で。「ロジックアンドエクスプレッション」だっけかな、そういう別の科目じゃ、英語による発信が主となる。そうじゃなく、こっちのコミュの方じゃ、まあ、長文を読みこなしましょうっていうアクティビティを頑張ろうねという趣旨なので、この教科書も、長ーい英文がたくさん載ってた。

あんまり褒めてばっかりでも、このブログの読者の皆さんは退屈だろうし、この教科書を読んでみて、困ったこと、マイナスなことを中心に書いていこうかな。旧課程の同じシリーズの本のレビューブログでは、褒めてばっかりだった記憶が。

えーとね、まず、問いに対する解答例が入手できないのは困るわな。「教科書ガイド」も入手して読んでみたのだが、途中で投げ捨てちゃった。問いに対する解答例も載ってないし、俺の役には立たなかったから。数学の検定教科書では、教科書ガイドは本当に素晴らしかったがね、英語では事情が全く違った。

が、まあ、解答例が入手できないことに関しては、そこまで困ってもいない。ってのは、ChatGPTを使えばいいじゃん?って思ってるから。ChatGPTに、自作回答例をぶち込んで、内容面、文法面での添削をお願いすれば、まともな答えが返ってくるんじゃないかな?まだやってないけど、できそうなんでね。

あと、解答例を自作して、このブログとかで発表するっていうのも一手だと思う。読者を意識しながら解答例を推敲すれば、それは自分にとっても良い勉強になる。

ってことで、教科書の問いに解答例がないっていう難点は、そこまで根本的に俺を害してはいない。

そうだな、他に、この教科書の悪口は、と。うーん、もう思いつかないや。んじゃ、もう一点ほど、感想を書いて、それでこのブログ記事を締めくくる。

英語圏の人達の関心事項が、ぼんやりとだが、わかる。それが、面白かった。ちょっと説明させて、俺は何を言ってるかっていうと、つまり、英文法がどうたらとかいう話とは別次元で、この教科書に載ってる英文の内容が、アメリカ・イギリス的というか。アメリカ人やイギリス人などの英語文化圏の人たちが普段関心を持ってる事柄が、選ばれて、教科書にまで載ってるわけよ。その内容の取捨選択の仕方が、日本の発想とは違って、それが面白い。Lesson3のみやざきけんすけさんについての回など、絵と英文のコラボレーションの仕方が、目を見張る。ほら、日本語って、漢字が混じるじゃないですか。で、漢字が、ちっちゃな絵みたいなもんだから、で、それの延長で、絵にもスムーズになじんでいける。ところが、英語というのは全てがアルファベット26文字で表されるから。だから、文章と絵というのが、全く別物のように、日本人の感覚では、感じちゃう。けど、それは最初の入口だけで。もっとこう、なんていうかな、英文ってのは、音を指定する楽譜みたいなもので、そのメロディに乗せて、写真やイラストも自然に途中途中に配置されていく。Lesson10のスヌーピーの漫画でも、キャラクターたちはかなり長いセリフをしゃべる。日本語文化圏の、かな→漢字→イラスト→写真、っていうゆるい勾配のチャンネル切り替えとは、かなり異なる。文章と、写真。または、文章と、絵。が、完全に別物として使いこなされている。良いとか悪いとかじゃなく、そこは、日本語世界と英語世界とで、異なるポイントである。その違いが、世界一般を見渡す際の眼差しの違いにもつながっていく。本当に英語ペラペラになりたければ、その日英両方の眼差しを自分のものにしなければならない。

と、まあ、こんなところで。