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大昔、生物学者になりたかったアラフォーが、今また再チャレンジ

グレート・ギャツビーという小説が大切であることの個人的理由

グレート・ギャツビーという小説があります。この小説に対する思い入れがあるのですが、それはなぜか、今までの経緯についてこの記事で説明したく思います。
 
最初の大学で、よく図書館で勉強していました。自然と、同じようによく図書館で見かける女の子に恋心を抱くようになりました。
 
数年後、俺は何度目かの先生方とのバトルの末、また図書館で勉強する日々を送り始めました。そして数カ月後、なんとその好きだった女の子が、図書館司書として俺の目の前にまた現れたのです。
 
しかし、先生方とのバトルはこじれにこじれ、とうとう、俺は3年生に進級することが叶わなくなってしまいました。
 
そんな、ある日のこと。語学がそこそこ得意だった俺は、村上春樹がその当時新訳を出版した『グレート・ギャツビー』というアメリカの小説に狙いをつけ、この小説を丸暗記して、英語力を徹底的に高めようと考えました。そして、村上訳を読書。きらびやかだけど悲しすぎる、いい小説でした。で、次に、この小説の英語の原文を入手する必要がありました。後で考えれば、とっくに版権の切れた古い小説なので、インターネットから拾えたのですが、その時の俺は、図書館で原書を借りようとしました。OPACで調べると、地下の書庫にあり、カウンターで司書さんに貸し出しを頼まなければならないことがわかりました。そしてカウンターに行くと、その女の子が。
 
初めて、しゃべりました。コロコロした声だ、と思ったことを覚えています。そして、俺は、その女の子の手から借りた原書を全ページコピーしました。そのコピーが、今も手元にあります。
 
その後、人生の荒波の中で、このグレート・ギャツビーの暗記作業には手を付けられないでいましたが、とうとう1年ほど前から本格的に着手することができました。
 
グレート・ギャツビーのネタバレはしたくないのであんまり具体的なことは言えないのですが、読んだ人はわかるでしょう、俺にとってその司書の女の子はデイジーそのものなのです。
 
近々、英検をまた受けます。しかし、英検合格よりも、ギャツビーの暗記を先に進めるほうが優先度が高い。そのことが、1年前の俺はわかってなかったです。今ははっきりわかってる。ギャツビーの原文を血肉として取り入れるために、英検を活用するのです。