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大昔、生物学者になりたかった40過ぎが、今また再チャレンジ

2022/03/31木の振り返り:塾講師を今断念した傷は深い。柳美里の『8月の果て』を読み始めた

昨日は、立川の駅ナカのカフェで、Evernote日記の一週間のまとめをして、で、ここに一週間の振り返りブログをアップしたんだった。

その後、ケーキやなんかを買って、昭島市にある俺の実家へ、行った。昨日は、父の77歳の誕生日。喜寿っていうのかな。で、母から、顔を出しに来てくれと言われていて。

過去に、俺と両親とは非常に険悪な関係にあったこともある。しかしそういうのを乗り越えて、楽しい会にするのは、正直俺の心に負担は大きい。それもあって、昨日は日中ずっと寝込んでたりしたんじゃないかと思う。が、まあ、なんとか、実家に行ってる時間の間は、ニコニコできたし、会話も滑らかにできたと思う。

で、そこそこの時間で、帰ってきた。

そんなふうにして、昨日は終わった。

そして、今日。また例によって朝のオンライン英会話のレッスンからスタート。で、レッスンが終わって、その後ルーティンの筋トレ、朝食までは済ませたのだが、その後、また布団をかぶって寝始めてしまった。だんだん自分で自己分析が進んできた。なぜ寝込んでるのか。それは、塾講師で一社話がほぼ決まりかけてたのに、周囲の反対により、辞退した。それって、未来に確実に俺の手で世に送り出せたであろう、幻となってしまった教え子たちをはかなんで、俺の心の深いところが悲しんでいるんだ。大げさに言えば、意に沿わぬ堕胎をしてしまったあとで悲しむ女のような、もちろんそれと同様とは言い過ぎで、体に傷を追ったわけじゃない俺としては、同様だ、などとは恐れ多い。が、方向性としては同じことだと思うんだ。俺は、教育をしたかった…。

で、この悲しみをどうにか癒やすことこそが今やるべきこと、と、そこまで思いが至ったところで、やっと布団から出れた。シャワー浴びて早めのお昼ごはんに冷蔵庫から肉じゃが弁当を出して食べ、で、街に出た。旅も良いが、このまえ黄金町に旅はしてきたし、読書なんてどうかな、と、図書館に足を運ぶ。カズオ・イシグロも良いが、このタイミングではちょっと違うかなと思った。カズオ・イシグロは、これから末永く付き合っていきたい作家で、基本全部著書を読んで、その後、原書の英文も読みこなして俺の英語の心の師になってもらおうとしてる。が、喪失感から狂おしいほどに書きまくってきた作家、って感じじゃなく、もうちょいスタンダードな王道の作家なので、もっとこう、メチャクチャな境遇の人の著作はないものかと、書棚の前をウロウロ。で、柳美里が良いんじゃないかと。このまえ『ゴールドラッシュ』を読み直して、カタルシスを感じたし。で、中身も見ずに、『8月の果て』の文庫本の上下巻を、借りた。

で、近くのパン屋の二階にしけこんで、読み始めてみると、内容が非常に激しく、ああ、今、この人についていこうと思いながら、柳美里の文章をどんどん読み進め、第一章を読み終わったところで、早めだが今日の振り返りブログを書いちゃおうと、これを今書いてる。

今後のスケジュールとしては、まず『8月の果て』を読み切る。その後、今読みかけのWordとExcelの教科書を、読了。それからさらにMOS試験対策のExcelの教科書を入手して、読み切り、で、4月16日のMOS試験のExcelを申し込んでおいて、4月16日の受験で合格できるようにがんばる。で、今応募してる企業の書類審査が通ってれば、4月18日に面接。なので、面接対策も並行して進めていく。それが終わったら、柳美里の『命』4部作へと進もう。俺も世に命を生み出したい。自分の子供も良いし、また、そうでなくても、教育に携わり教え子を世に送り出すというのも基本同じことだと思う。『命』読書により、そういうのの予習をしたい。人生の予習を。