説明責任社会を目指して

大昔、生物学者になりたかったアラフォーが、今また再チャレンジ

最近の状況と、今後の勉強方針

大学の夏学期の中間テストが終わってしばらく経ち、諸々順調に推移してる今日このごろです。
 
あれだけ苦しんでいた朝の眠気も、自然と解消しました。テスト勉強をしなければというプレッシャーから解放されて、好きに勉強を進めていいという状態になった途端、朝に強くなりました。心というのはゲンキンなものです。
 
さて、現状、まだ大学に正式に入学したわけではなく、社会人入試の本試験が9月に控えています。夏学期の生物の授業で良い点を取り、その上で英語と面接の9月の試験に合格したら、来年4月から1年生。
 
まあ、時間に余裕もできたし、今、新しい教科書を読み始めてます。今更ですが、「Cell」っていう有名な分子生物学の教科書の和訳版を入手しました。読み進めてます。面白いですね。
 
Cellの前に、これもまた有名な、「キャンベル生物学」っていう教科書、これを、第8部の生態学のとこを残してあとは全部読み終わったので、それでひと区切りつけて、Cellに入ったという流れです。
 
もう一つ、授業で指定された洋書にもかじりついてます。「PLANT SYSTEMATICS」っていう本なんですが。植物の系統学の本ですね。やや退屈な前振りのとこを、もうすぐ読み終わります。系統学は、やはり、いろんな生物のカラー写真とか現物を見るのが楽しい、というのがあって初めて学習が成立する分野だと思うんです。俺はどちらかというと分類学者ではなく分子生物学車になりたいですが、それでも、系統分類学が大事であることに変わりはないので、一生懸命取り組んでます。
 
そんな中、来週、英検の二次試験の予定が入りました。この前受けた準1級の一次試験、落ちたかなと思ってたら、ギリギリで受かってたので。正直、英語の勉強時間はあまり取れていません。この二次試験はさすがに落ちるでしょう。でも、二次試験の結果がどうあれ、今の俺にはまずリーディングとライティングの力が必要。生物学を学ぶのに、教科書が一冊、既に洋書になってるんで。また、毎晩一生懸命聴いてる英語のインターネットニュースも、もっと分かるようになりたい。てことで、リスニングの力も磨きたい。となると、英検の一次試験で準1級に受かったんで、もう1級に進むべきだと思うんです。10月の1級の一次試験に向け、試験対策勉強を進めていく。で、9月の大学の社会人入試の英語試験を、その流れの中で、万全の態勢で結果を出す。
 
社会人入試が終わったら、高校レベルの物理と化学の勉強を全力全身でスタートするつもりです。この前授業で習ったんですが、分子生物学というのは、1920年代?に、ニールス・ボーアという人がきっかけをつくって、若手の物理学者たちが、物理学的な知見を生かして生命現象を解明しようと、バイオ畑になだれ込んできたのが始まりだそうです。だから、物理、化学をきちんとわかってないと、分子生物学の世界ではついていけない。
 
生物学が好きで、高校でも生物を履修するようなタイプの人間が、大学に入ってから本格的に分子生物学の勉強についていこうとする時、ぶつかるのが、この数学、物理、化学の壁です。
 
日本の理科の分野では、大学に入ると第一言語は英語になります。そう思う。で、ついてこれる人をふるいにかける。
 
そんな流れに、丸腰で身を任せるのは自殺行為です。
 
生物大好き人間が後から数学、物理、化学を学ぼうとするときには、大学が行うフォローアップ科目は、本当に相手にしてはいけない。そう思います。それより、高校生、受験生向けの学習参考書に手を出すべきです。俺は、最初の大学で、それをせずに延々と大学の勉強に無理やりついていこうとして、本当に苦労しました。俺の二の鉄は踏まないでください。
 
さて、そんなふうに考える俺ですから、来年4月までの身の振り方は、自然と心が固まってます。一番成長できる道、それは、一般受験へのチャレンジです。それが一番、高校レベルの物理、化学の学力を身につけることができます。
 
なんだか、書いてることがただの日記で、申し訳ないです。もっと、実のある内容を、システマティックに書き進めていくべきですよね。生物学の内容紹介記事とか。もっと、企画を練っていきたい。

英語はリスニングに難あり、頑張って勉強します。あと、話は変わりますが聖書をコツコツ読み続けるコツについても

大学の生物学の中間試験期間真っ最中ですが、のんきにブログなど上げてます。大丈夫なんでしょうか、俺。
 
まあ土曜日ですし、明日の日曜日にまたがんばろうということで。ブログ書き終わったら夜は料理の時間です。
 
今回の記事では、軽く、俺の英語修行に関して、現在の状況を報告させてもらおうかな。
 
英検準1級の一次試験を、先日、受けてきたんですが。特にリスニングがぼろぼろでした。29問中、18問正解、かな。英作文もそんなにいい点数じゃないっぽいんで、合格するかどうか、ボーダーライン上だと思います。
 
で、確かに、リスニングは苦手です。
 
前回記事で、英語のインターネットラジオを聴いてます、みたいなことを書きました。昨晩も、聴きました。けど、わかんないんです!リスニング力が、ない!困る。困ってます。
 
でも、今の自分の課題はリスニング力強化だ、と、明確にわかった、というのは、一つの大きな進歩だと思います。
 
正確に逐語的にはわからなくても、何が話題になってるのか、くらいは、感じ取ることができるので、英語ラジオを聴くのはなんとか継続したいです。
 
一応、今のところ何を聴いてるか、もう一度リストアップしてみます。聴く順に、
・国連ラジオ
・ボイスオブアメリ
・ABC(アメリカ)
BBC
バチカン放送
・チャンネルニュースアジア(シンガポール)
です。前回から一部変わりました。あと、基本、スマホアプリは使わなくなりました。ウェブサイトからアクセスするほうが諸々面倒がなくて、良いです。
 
事前に、日本語でNHK、KBS(韓国)、中国国際放送のラジオニュースを聴いてます。
 
マジで、英語ラジオ、聴いても何言ってるかわかりません。で、もっと苦しいのは、なんか大事なこと言ってるなって一部わかってしまうことです。どうにかして、ニュースの意味が完璧にわかるようになりたいっす。マジで。
 
単語の知識が足りないからだと思うので、毎晩のルーティンとして、筋トレやってるみたいに、英単語の勉強もコツコツ計画的に日常生活の一部として取り入れていくべきだと思う。単語帳は、今使ってるやつでいいとは思います。今使ってるやつとは、英検対策書の、旺文社の「パス単」です。その準1級のがやり途中だったのを、再開すればいい。で、計画的に、早期に、1級のパス単にも着手すべき。
 
また、単語帳はパス単を使うとして、それはそれとして、次に受ける英語試験は、英検ではなくTOEICがいいのではないかと思い始めてます。俺は特にリスニングに難があるのだから、TOEIC対策の勉強は今の俺にとってベストフィットなんじゃないか。
 
うむ、だんだん、毎晩の新しいルーティンの全貌が見えてきました。いつものように日本語でラジオニュースを聴いた後、続いて英語でラジオニュースを頑張ってひと通り聴く。で、TOEICリスニング問題を一日何題って決めといて、解く。で、パス単、一日100単語は取り組みたい。うーん、いやー、リスニング問題解くのと単語学習の両方を毎日やるのはキツイかな。どっちかかもしれない。時間で決めるか。一日1時間の枠内だな。で、終わったら、お菓子のご褒美も必要。
 
今、筋トレと、あと、実は、真面目に聖書など読んでます。毎晩。聖書そのものだけをガツガツ読み込むのは俺は無理で、じゃあどうやって読み進めてるかと言うと、『ちいろば牧師の一日一章』っていう本があるんですね。それの『旧約聖書版』だけを、しばらく前から持ってました。で、これもまたしばらく前、まだ実家にいた時、近くの教会に通ったこともあり、その教会が、毎日聖書を一章ずつ読むことをとても奨励してたんで、そのとおりにしてました。けど、引っ越しを機に、教会に行くのは止めて。で、また思い立って、で、『新約聖書版』の『ちいろば〜』も入手したの。で、一日に、旧約聖書を一章、新約聖書も一章、読むというスタイルにして、また聖書読書を再開しました。ああ、言葉足らずだったね、『ちいろば〜』という本は、そうやって聖書を一日一章ずつ読む人のために、一章ごとに、その内容に沿った、ためになるお話が、1ページずつの分量、載ってる、という本なんです。だから、聖書を一章ずつ読んで、で、その章に対応した『ちいろば〜』のページを読んで、その日はおしまいですね。だから、今の俺だと、旧約を一章、『ちいろば〜』の旧約版を1ページ、そして新約を一章、で、『ちいろば〜』の新約版を1ページ。
 
聖書の話をしだしたら、長くなっちゃいましたね。すみません。でも、毎日楽しく読めてますので、書きたかった。旧約聖書だけをコツコツ読み通すのは、苦しい。新約も一章ずつ合わせて読むことで、俺は、いい感じに計画的な読書が回り始めました。新約の方は、旧約に比べて、話のストーリーがなんか具体的で、とっつきやすいです。
 
筋トレしたら、ご褒美に果物を毎回食べます。で、聖書を読んだら、ご褒美にミューズリーを毎回食べます。そういう習慣が定着してます。そのせいで、最近、お腹周りの脂肪がだいぶ気になり始めました。
 
この上、英語勉強して、毎晩ご褒美になにか食べ始めたりしたら、もっとブクブク太っちゃう可能性が大です。でも、背に腹は代えられない。何かしら、工夫して、英語の勉強を日常生活の中に取り込んでいかないと。
 
長くなりすぎました。あまりにもまとまらない記事ですが、これ以上書いてももっと収集がつかなくなるだけなので、これにて。

日本語と英語のインターネットテレビ・ラジオのニュース番組を紹介

英検の試験を明々後日に控え、この期に及んでではありますが、今現在かじりついてるインターネットテレビ・ラジオについて一本記事をまとめておきたく、週の真ん中ではありますがこのブログを書いてるところです。
 
日本語で聴けるニュースは日本語で聴いてます。
NHKラジオニュースの午後7時のニュース
:平日30分、土日15分
:ウェブ。アプリ「らじるらじる」の聴き逃しでは聴くことはできません
・KBS(韓国)のニュース
:平日のみ。10分
:ウェブ。アプリもありますが速読機能が見当たらないので俺はウェブのほうが好き
・北京放送(中国)のニュース
:10分
:ウェブ
あー、結構時間かかってますね。こうして振り返ってみると。
 
その後、英語のニュースに取り組みます。すぐ理由をつけてサボっちゃうんだけど。ちなみに今日はちゃんと聴きました。
・ABC(アメリカ)のABC News Update
:3分くらい。毎時間更新
:アプリ「ABC News」
BBC(イギリス)のOne-minute World News
:映像付。もちろん1分。毎時間更新
:アプリ「BBC News」
・UN audio channel(国連)のNews in Brief
:平日のみ。3分くらい
:アプリ「United Nations」
・Al Jazeera(カタール)のAL JAZEERA NEWS UPDATES
:平日のみ。2分くらい
:ウェブ。スマホなら右上をタップでメニューを出し、「More」から「Podcast」を選び、しばらく下にスクロールすると出てきます。ちなみに、アルジャジーラはアプリも出してますが、なぜかアプリではポッドキャストがメニューから省かれてます。
・DW(ドイツ)のTop stories in 90 seconds
:映像付。おそらく毎日。もちろん90秒
:アプリ「DW」、左上をタップでメニューを出し、「MEDIA CENTER」を選択。しばらく下にスクロールすると出てきます。
 
世界の他の地域もちょうどいいニュースがないかと探し回ったのですが、なかなか見つけられません。
 
アフリカは、南アフリカのSABCというテレビ局が良さげですが、まだ俺の努力不足なのでしょう、ちょうどいい番組を探り当てることが現時点ではできてません。
 
ブラジルは、英語による情報発信を頑なに拒んでいるようでして、ポルトガル語の番組しかなさそうです。無念です。
 
フランスも、ちょっとブラジルと似てるところがありまして、フランス語と英語とで圧倒的な扱いの差があります。RFIという有名なラジオ局が「Pure radio」というアプリを出してますが、このアプリを見て回ると、英語では長めの番組をちらほらアップするだけなのに、フランス語はもっとめちゃくちゃ充実してるようです。つまり、英語での情報発信はしたくないよ、ということだと思います。
 
インドは、NDTVというテレビ局のウェブやアプリに取り組んでみました。が、広告の多さも凄まじいし、他のどの地域と比べても、なんとも表現し難いのですが、番組やウェブサイトの作り方そのものの構造の思想的背景があまりにも独特で、ちょっと今の俺の手には負えないなと思うに至りました。
 
ロシアは、Sputnikというところがウェブやアプリを出してます。日本語による文字のニュースも配信してます。で、ここの英語版にて、ラジオニュースを探してるのですが、手頃な短いニュース番組が見つかりません。ロシア文学は長いので有名ですが、ラジオ番組も2時間くらいの長大なやつがドッカンドッカンあって、それはそれでパワフルです。そういうお国柄なのでしょう。
 
以上。とりあえず、アメリカ、イギリス、国連、カタール、ドイツのニュースを安定的に毎日聴く習慣を確立し、並行して単語力をもっともっと鍛え、ニュースを本当に心から理解できるようになっていきたい。
 
そのために、英検なら、準1級ではおそらく物足りないのではないでしょうか。1級レベルの単語集とかにも勇気を持って手を出していくべきだと思っています。
 
追記 フランスからは、「France 24」っていうテレビ局がニュースを映像付きで毎日配信してるようですが、長さが15分くらいあり、ちょっと長すぎて今の俺のニーズには合いません。これを見るなら、アメリカ「PBS」の60分番組を先に見たいです。限られた時間で凝縮したニュースを世界各国からかき集めて世界情勢を把握したいというのが、今俺がやろうとしてることです。▶これを書きながら、いやいや、夜にぼんやりネットサーフィンしてるくらいなら、毎日PBSのNEWSHOUR(60分)とFrance 24のWatch the latest international news top stories and headlines(15分)を見ろよ、時間的に十分可能だろ?と、考えが変わり始めてます。今後、マジで習慣化できたら、またこのブログで報告します。▶こうして海外メディアについてまとめたことで、少しでも皆さんの役に立てば、幸いです。気になったテレビ局やラジオ局があったら、グーグルで検索してみてください。

言語活動とは体外に溢れ出た生殖行為のようなものだと思う

今回の記事は、あまり長くは書けないと思います。言語活動と遺伝などとの関係性を切り口に、ヒトという生物がどのように他種と異なっているかについて、普段考えてたことをちょろっと書きたい。
 
皆さん、遺伝という現象について、ご存知だと思います。ヒトの子はヒトとして生まれてきます。目に光を当てると、瞳孔は絞り込まれ、目に入る光の量をコントロールします。赤ちゃんが、周りから教えられて瞳孔を開いたり閉じたりすることを学ぶわけではありません。生まれつき、できます。これも、遺伝の一つです。身体かたちに限らず、運動、はたまた社会的行動などについても、親から、生まれつきいろんな形質を受け継いでいるのです。
 
しかし、教えられないとできないことも、たくさんありますよね。読み書きなどはその最たるものでしょう。また、その読み書きの能力を基盤にして、哲学を学び、ヒトは自分の生き方を一生模索し続けます。
 
ここで、生物学が好きな俺は、考えちゃうんですよね。DNAの遺伝情報によって生まれつき親から受け継いで身につけている能力と、後天的に本を読んだりして身につけた哲学との間に、どういう根本的な違いがあるのだろう?と。
 
人間社会に広く流布している、言語によるメッセージは、体外に溢れ出た遺伝情報のようなものではないでしょうか。
 
DNAの遺伝情報が、転写、翻訳によってタンパク質となり、様々な代謝が行われる。はたまた、ヒトが図書館で本を借りて、読んで、納得して、そのとおりに行動してみる。どこが違うんだ。
 
「獲得形質は遺伝しない」という法則があります。生まれたあとで身につけた形態や能力などは、遺伝しない、という意味です。俺は、そもそもこれには懐疑的で、一部、遺伝するんじゃないかと思ってますが、それはそれ、置いといて、獲得形質は遺伝しないものとします。でも、ヒトだけは、生まれたあとで学んだことを、他のヒトに話して伝えたり、本に書いて残すことができます。それを参考に、後世のヒトが行動を変えることが可能です。また、人生の中で迷いが生じた時、ヒトは、以前に生きたヒトが同じ迷いに対してどう考え対処してきたか、本などの記録を探すこともできます。獲得形質が、遺伝してるじゃないですか。これが、ヒトとその他の生物を区別する最大の性質だと俺は思ってます。言語を介して、獲得形質を遺伝させることができる生物。まあ、「遺伝」という言葉はすでにふさわしくないことは明らかですが。だから、なんですか、えーと、「学んだ経験を、言語を介して後世に役立つように蓄積することができる生物」とでも言いましょうかね。
 
そう考えていくと、言語活動というのは、かなり、生殖行為とかぶってくると、思うんです。遺伝子の情報により、身体の形態や本能が影響を受ける。読んだ本により行動が影響を受ける。影響を生じるという観点では、同じくらいの重大さです。図書館→本→読む→変化。DNA→RNA→タンパク質→代謝。そういう構造も、だいたい同じ。言語活動、イコール生殖行為。と言ったら、言い過ぎでしょうか。どうも俺、そう思うんだよね。
 
なお、ヒト以外でも、そのように、何らかの方法で獲得形質を遺伝させることができる生物がいないとも限らないとは思います。イルカとかカラスとか、どうですかね。三次元の空間を自由に移動できる生き物なんで、脳の発達の仕方も桁が違うんじゃないかな。この先1万年くらいはヒトのほうが優勢でも、なんかのきっかけでコミュニケーション能力に大きな改善が発生すれば、どうなるかわからないと思う。また、ヒトからの働きかけでそういう能力を開発することも可能なんじゃないですか。
 
今回の記事は、ここらへんで。

イギリスとアメリカの文化の違いについて。生物学畑からの見解

まだまだ勉強のやり方が定まっていないために、このブログの内容も安定したクオリティを維持することができておらず、申し訳ないです。
 
今回の記事では、生物学関係の本について、いくつか思うところをちょこちょこっと書こうと思います。網羅的な書き方は全くできませんのであしからず。
 
もう10年以上前になりますが、『二重らせん』という本を読んで感想文を書け、という課題が、その当時在籍していた大学で出され、読みました。DNAの二重らせん構造を発見したワトソン・クリックの、ワトソンの方、その本人が書いた本です。
 
面白いですよ。生物学、特に分子生物学がお好きな人は、是非読んでみると良いと思います。
 
アメリカの若いにーちゃんが、イギリスに留学して、ブリティッシュドリームをつかむというお話です。それを、本人の語りで追体験できる。
 
必ずしも美しい話ばかりではありません。先行していた研究者の重要なデータを勝手に見た、など、生々しくも醜い行為も、ワトソンはあっけらかんと書き残しています。そこらへんが、なんともはや、アメリカンなのです。
 
アメリカって、ノンフィクションの優れた本がバンバン出ることでも有名じゃないですか。そういう文化圏ですよね。その流れを汲んでると思う。事実をありのままに伝えるというのは一つの美徳です。
 
このワトソン先生は現在もまだご存命で、しかし、人種差別的な発言などが批判され窮地に追い込まれてらっしゃると聞きます。その、先行研究者のデータ盗み見などの件も、最近になってほうぼうで蒸し返され、例えば日本の高校の検定教科書『生物基礎』(数研出版)の中でも批判的な言及があります。
 
さて。それはそれとして、今、読みかけの本についても、この場で書きたい。『種の起源』っていう本なんですけど。有名なダーウィンが書いた本です。
 
まだ第一章しか読んでませんが、面白いですね。イギリス人の物腰というか、学問に取り組む姿勢そのものが、非常に興味深い。
 
『二重らせん』と比較して、全く、全く違うのです。
 
あんまり歴史とか詳しくないから恐る恐る言いますが、イギリスとアメリカって、独立戦争とかがあったじゃないですか。だから、この2つの文化圏には、共通点も多々あるけど、いくつかの点では、全く正反対で相容れないファクターもあるんじゃないかなと思うんです。
 
イギリスは、これは俺のアテカンですけど、うん、「中年の天国」という側面があるんじゃないかなと思う。『二重らせん』の中のケンブリッジ大学の生活の描写から、それを感じました。で、『種の起源』の読書をこれからしますが、そこらへんを確かめるという狙いも持ちつつ読み進めていこうというつもり。
 
物理畑からバイオに転向してきた気鋭のクリックには、たくさんバイオ話をさせることで頭を整理させることが必要だろう、と、若いアメリカからの留学生であるワトソンをあてがったのは、ケンブリッジのミドルクラスの先生方だと思います。そういうの、『種の起源』でも似たような話が出てきます。そもそも、ビーグル号っていう世界を回る船の船長さん?が、若い話し相手を探してて、それにダーウィンが応募し、採用されて、ダーウィンは南米やガラパゴス諸島に行くことになったんです。
 
ワトソンの話に戻ると、この、二重らせん構造発見という業績をあげさせようという営みそのものが、ケンブリッジの先生方たちによって、ファシリテートっていうんですかね、遠隔操作で緻密にコントロールされていたように、思うんです。
 
で、さらに、思う。そういうイギリス的な、年長者による遠隔コントロールみたいなのが、アメリカ人は、一番嫌いなんじゃないかな。そこ、イギリスとアメリカの大きな違いの一つになってやしないか。アメリカは、「若者の天国」ですよね。若くても実力があれば、活躍でき、大金を稼ぐことができる。しかし、驚くほど、文化の中心にあった人物が、寿命をまっとうすることはない。マイケル・ジャクソン然り、マリリン・モンロー然り。
 
生物学は、アメリカとイギリスのお家芸で、教科書は軒並み英語からの翻訳です。だから、英語を学ばなければならない。しかしですね、ただ漫然と英語力を身に着ければそれでOKかというと、全然それだけでは足りないと思う。アメリカとイギリスの違いを、もっとちゃんと、歴史的背景とかも知っておかないと。さらに、カナダやオーストラリアなども、独自の強烈なストーリーを間違いなく持ってることでしょう。
 
キャンベル生物学やらEssential細胞生物学やら、大学の教科書を読んでると、そのような英米文化圏の独占の中で、日本もかなりがんばってる。アジア出身では一番ではないでしょうか。
 
このような状況の下、日本はどのような役回りを選んでいくべきか。単に、英米に学び、追いつくということだけをやっていたのでは、密かに世界から期待されているニーズに応えることはできないと思う。イギリスとアメリカの壮絶な喧嘩の中立地帯として、休息の場となることはそのようなニーズの一つだと思います。
 
ダーウィンは、年取ってヒゲモジャのイラストがみんなのイメージに浮かぶじゃないですか。加齢とともにますます活躍した、っていうイメージですよね。一方、ワトソンは、若いときこそが絶頂で、年取った現在は悲惨。全く、イギリスとアメリカではここまで違う。違いすぎです。おそらく、コミュニケーションすら困難、というシチュエーションも時々発生してることでしょう。日本を含めた世界は、このイギリスとアメリカの文化的断絶の狭間で行き詰まった人たちを受け入れ、活躍の場を提供するべきです。

DNAについての解説、再び。

この記事では、「DNA」という化学物質が生物体内で果たしている役割について、生物学に詳しくない人にもわかりやすく、解説したいです。
 
前回記事「DNAとはなんぞや。社会との比較もしてみました」と、内容がかぶってしまいますが、もう一度最初から、DNAについての解説から始めます、すみません。自分で内容が納得できなかったので。
 
きちんとわかりやすく説明できたと思ったら、ブログ記事の回数を重ねるごとに、だんだん話を発展的な内容に深めていって、で、大学でやりたい研究についての話に持ち込んでいきたい。
 
さて。親と子は似ていることは、はるか昔から知られていましたが、それはなぜなのか、「遺伝」の仕組みが解明されてきたのはそんなに昔のことではありません。結論から言うと、子供は親から「DNA」という化学物質を受け継ぐから、親に似ている大人へと成長するんです。DNAには、身体の設計図データが記録されています。父親にも母親にも似ているのはなぜかと言うと、両親から1セットずつ、計2セット、DNAを受け継ぐからなんですね。
 
DNAは化学物質ですが、空気中の酸素や窒素などのような小さなものではなく、ものすごく長ーいんです。具体的には、4種類の小さなパーツ、A、T、G、Cがメッチャ並んでくっついてます。で、その配列情報は、3つセットでタンパク質の構成の仕方をそれぞれ指示しています。例えば、AAAとTTTとでは、指定するタンパク質が違います。ウソみたいな話ですが、本当です。より正確には、「アミノ酸」という、タンパク質の構成単位が違ってきます。
 
で、図書館から本が貸し出され、読まれて、情報が人に伝わっていくように、例えば赤ちゃんがお腹の中で大きくなって、あるタイミングで頭部に目ができる時は、長大なDNA全体の中から、目を作るタンパク質について記載されたDNA部分が選ばれ、読み取られて、クリスタリンというタンパク質、などなどが合成されて、目ができあがっていきます。体の隅々についても、同じことです。また、普段の生活でも、筋トレして筋繊維が傷つき、超回復によってよりたくましく筋肉が大きくなるというのは、DNAの中の、筋肉のタンパク質を記載した部分が大いに読み取られて、たくさん筋肉ができた、ということです。
 
さて、ここで、DNA情報は、どのように運用されているのか?ということが、問題となります。あまりにも情報量が膨大なので、筋肉の箇所の細胞は筋肉について記載されたDNA部分だけを持っていればいい、だからDNAのその他の部分は失っているはずだ、と、普通ならそう考えちゃいます。しかし、これは間違いで、体中のすべての細胞は、少々例外はあるものの、基本的に、DNA情報の全体を保持しているということが、今までの生物学の研究により確かめられています。具体的には、これは植物の例ですが、ニンジンの実の一部を切り取って培養したところ、また同じニンジンの全体が再生しました。つまり、成長したからといって、DNA情報の一部を失っていくわけではないということです。動物の例も挙げましょう。成長したカエルの腸の細胞からDNAを取り出して、別の種類のカエルの卵細胞に注入したところ、腸の細胞を取り出した種類のカエルへと成長しました。腸という、専門特化した器官の細胞なのにも関わらず、保持しているDNA情報は、一部も失われてはいなかったということになります。だって、ちゃんとしたカエルがまた生まれたわけですから。
 
もっとも、じゃあ腸じゃなくて、もっと、例えば皮膚とかからDNAを採取しても同じことができるよね?というと、それがなかなか難しい。なんで腸をわざわざ選んだかというと、小腸の上皮細胞というのは、年がら年中栄養分を体内に吸収するところで、消耗が激しい為に、すぐ死ぬ。で、すぐに補充の細胞が再生される。とっても元気な体の部位なんです。だから実験が成功した、とも言える。DNAはすべての細胞で情報の全体が保持されている、ということは、基本、間違いではなさそうですが、例えばテロメアというDNAの最後尾の部分が細胞分裂のたびにだんだん短くなっていって、ここが限界以上に短くなると、その細胞は寿命を迎えて死ぬ、など、いくつかの例外的な事情もあるようです。つまり、DNA情報は、すべての細胞で全く同一、というわけではない。
 
ちょっと、記事が長くなりすぎてしまうので、今回はここらへんにしておきます。前回記事も、その存在意義はまだあるものと思います。今回記事の方が科学的にはより正確なのでしょうが、前回記事では進化論的な考え方(適者生存の法則)や、DNAと社会の仕組みとの比較の話などにも触れられたので。
 
次回以降、どういう方針でブログを書き進めていきましょうか。もしかしたら、読者層として生物学に興味のある人にターゲットを絞っていっちゃうかもしれない。生物学にあんまり関心がない人は、もしそうなっちゃったら、ごめんなさい。

DNAとはなんぞや。社会との比較もしてみました

この記事では、ATPとDNAの話を、生物学に詳しくない人にもなるべくわかりやすく、お話ししてみたいです。ただの解説ではなく、俺が今あたためている疑問点なども、皆さんと共有したい。
 
まずDNA、ATPとはなんぞやという話からですよね。DNAっていうのは、身体の設計図データが記録されている化学物質です。親と子は、似てますよね。なんで似てるかというと、子供は両親から1セットずつ計2セット、DNAを受け継ぐからです。その設計図に沿って、生命活動が営まれます。具体的には、DNAは4種類のパーツから成り立ってるのですが、その4種類のパーツの並び方は、タンパク質の構成の仕方を指示してるんです。で、いろいろなタンパク質がふさわしいタイミングでふさわしい場所で作られて、筋肉になったり、食べたお米を分解したりします。というからには、DNAというのは全身にくまなく存在していなければならないということになりますが、そのとおり、全身の細胞一つ一つの中に、DNAは全巻ひと揃いずつ格納されていることが、今までの生物学の研究によって確かめられています。
 
すごいですよね。細胞一つ一つの中に、フルセット、入ってるんですよ。一見無駄のようですが。でも、生物学のここが面白いところだと思うんですが、生物はそのような仕組みでできているということはですね、つまり、そのような仕組みは生き残る力が高かったために、他の仕組みを採用した生き物との生存競争に打ち勝ってきたということが推察されるわけなんです。細胞一つ一つの中にDNAが全部入っているという仕組みは、強かった、ということになる。
 
ちょっと、話が長くなりすぎるので、この記事一回分だけでATPまで説明し切るのは俺の力量では手に余りそう。とりあえず、DNAの説明だけに集中します。
 
さて。DNAの話をして、一見無駄なほど、大量なデータが至るところにある、ということを見てきましたが、これ、社会の仕組みも、似たようなところ、ありませんか。政治と経済など。まず、法律ができて、その法律にのっとって経済活動が営まれ、社会が回っていく。逆にまず社会経済活動があって、それに合わせて法律が出来上がっていくのかもしれませんが。何しろは、社会活動全般が法律という文字情報で扱われるというステップがある。それが、生命活動全般がDNAの4種類のパーツの配列情報に変換されるというのと、よく似てる。
 
社会の仕組みを作った人が、生命の仕組みを真似たのだ、という意見をどこかで耳にしましたが、俺はそうは思わない。DNAについて色々わかってくるはるか前、大昔から、そういう社会の仕組みは存在したから。じゃあなんで似てるのか。
 
作り込まれたデータの全体を、みんなが共有して、それにのっとって個別の事態に対応していく、というやり方そのものが、優れているからだと思う。
 
さて、いつか近いうち、今度は「ATP」について解説します。で、DNAとATPの関係について、俺の思うところを書いてみたい。