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『JR上野駅公園口』読書感想

柳美里の小説、『JR上野駅公園口』を読んだ。読後直後のこのタイミングで感想文をしたためておきたく、このブログを書いている。

 

傑作長編の『8月の果て』を最近読んだので、この『JR〜』も全文が火事のような小説かと思って覚悟してから読んだが、実際読んでみたら、全体的に落ち着いた感じだった。

上野駅のホームレスの人が主人公の小説。語られる諸事情はリアルで、おそらくマジで事実そのような人が存在したであろうと思われる。複数人へ取材した内容を織り交ぜて組み立てられた小説だと思う。

相馬市などの歴史のエピソードが秀逸。浄土真宗真言宗の違いからくる不和の話とか、俺は非常に興味深く読んだ。

あと、青森で働いた時代の話が、短い部分だけど、印象深かった。キャバレー「新世界」の純子さんとの淡い恋。小説全体の中でのこの話の配置が、実に的確というか、読んで納得した。

 

起承転結がはっきりしててちゃんと完結する、というたぐいの小説ではない。この小説には救いがない。だから、普通の意味での「小説」ですらないのかもしれない。チューインガムだと思って噛んだらダンボールだった、くらいのガッカリ感を感じてしまう人もいるんじゃないか。けど、読み終わってみて、ホームレスの人が、本当に実際のところ、いかにしてホームレス生活になったかを、知れるチャンスって、この現代日本社会、ほぼないんじゃないか。その一例を、フィクションだとしても、読んで知ることのできる貴重な本。リアルさを追求するために、ドラマチックなストーリー展開で読者を引きつけようという努力を一切放棄してる。リアルさの追求という意味では小説というより新聞に近いかもしれない。

 

今度上野に行く用事があるので、このタイミングで読んだ。上野公園内の「時忘れじの塔」など、実際この目で見てこようと思う。